株式会社エコニクス 自然環境部
海域環境チーム 顧問 松永 靖
農産物には品種がたくさんあります。農林水産植物を登録している農水省の品種登録ホームページ1)では、令和7年3月末現在、出願累計は38,177件、そのうち野菜や果樹類が4,578件、草花類が23,149件、キノコ類699件、海草類20件となっています。品目別では、イネ種500品種、大豆種で254品種ありますが、海草(藻)類では、アサクサノリやスサビノリなどのノリ類が18品種、ワカメが1品種で、コンブはありません。このように水産植物全般で育種は進んでいません。法律上、育種登録は植物、キノコ類、海草(藻)に限られますが、動物類では、犬猫のように多くの品種があり、水産関係でも道内のニジマス海面養殖は、アメリカのドナルドソン博士が大型になるニジマスを選別し、30年以上かけて育種したドナルドソン系品種の卵を、毎年、アメリカなどから輸入し、それを日本でふ化させて養殖がおこなわれています。
育種とは、より良い性質をもった動植物の品種を人為的に作り出すこと、すなわち新品種をつくることです。品種とは、人間が特定の目的のため改良し、同じ種でありながら、他のグループとは異なる特徴や性質をもつようにした動植物のグループです。自然界では、種は自然淘汰して進化、変化していくのに対し、品種は育種という人為的な選択によって生み出されます。
品種の特徴は、同じ種に分類されること(例えば「コシヒカリ」も「ササニシキ」も同じイネ)、特定の目的があること(収穫が多い、美しい花が咲く、干ばつ高温に強いなど)、均一な特性を持つこと(同じ特徴が安定的に発現するなど)です。
コンブなど水産植物で品種改良が少ないのは、採藻漁業のほとんどが自然採取で、養殖が発達していないこと、養殖で栽培する場合でも地元の天然海藻のタネを元にしていること、生産が質より量を優先し、製品製造方法が各漁家で異なっているので、品質向上や経費削減のための新たな取り組みや作業のデジタル化、AI化などの新たな技術利用に躊躇し現状維持バイアスがあること、養殖製品の値段が最初から安く設定されている流通・格付・価格決定体系があるためだと考えられます。
これまでは現状のままでも良かったかもしれませんが、人口が減少し、さらに、誰も経験したことがないような海洋環境になり、養殖で生産減少分の穴埋めをしなければならなくなった昨今の状況では、昔を懐かしむ、又は、現状を維持したいというこれまでの取り組みを続けても、地域で今後、漁業を続けていけるかという根本的な問題の解決にならないのは明らかです。
農業では、水稲であれば、すでに日本の主食用米に占める高温耐性品種の割合は16%以上を占めていて、温暖化、干ばつなどの環境変動に多少なりとも即応しており、さらなる環境悪化を想定し新たな品種開発が続けられています。
育種によって、日本の米の単収量 (10アールあたりの収穫量)は統計がある明治から140年間で約3倍に増えています2)。生産を維持増大させるには、その時代の社会情勢や環境に合った品種を作らざるを得ず、育種がどうしても必要になります。また、農業従事者が減る中、主食である米の国内生産を一定量維持することで他国からの輸入を阻止しています。イノベーション(技術革新)がない分野は、どの分野であっても生き残れないのです。
農業では、どのように育種を進めてきたか、品種改良によって世界農業がどう変わっていったかを見ると、コンブなどの採介藻漁業においても、これからどんなことが起きそうか、どうすればよいか考える参考になると思います。
大豆は、中国や日本など東南アジアが原産国で、原種は野生植物のツルマメ、つる性でした。縄文時代草創期には、すでにツルマメは栽培されていて、タネは4mmと小さく、縄文時代早期後半には、タネの中から大きな粒を選択して栽培されていたことが確認されています。さらに年代が新しくなるにつれて粒が大きくなっていったことがわかっています。すなわち、私たちの祖先は、縄文時代から種子が大きくなるようツルマメを育種して現在の大豆と呼ばれる新しい作物をつくりだしました3)。大豆は中国や日本では豆腐、味噌などの原料になりますが、多くは、搾油後、家畜や魚類養殖の飼料に使われるようになりました。現在、世界的にはアメリカが生産量1位で、次にブラジル、アルゼンチンと続き、この3国で世界大豆生産の8割を占めます。アメリカは日本の幕末にペリーの黒船が日本から大豆の種を持ち帰ったことが栽培の始まりと言われています。ブラジルは1973年にアメリカの輸出規制で日本の豆腐が高騰したのがきっかけで、当時の田中角栄首相がブラジルの未利用サバンナ「セラード」に目を付け、日本との共同事業で農地開発し栽培を始めたのが最初です4)。現在では、ブラジル農業生産の6割が大豆となっています。中国や日本が原産国なのに、中国は経済成長に伴い肉食が増えたことで、2000年代以降、大豆輸入が激増し、世界最大の輸入国となっています。日本の年間大豆需要量は約340万トンで、その9割が輸入されており、そのうち7割がアメリカからの輸入です。アメリカ、ブラジル、アルゼンチンは自国の環境や栽培手法に適した品種を開発し、例えば、アメリカでは多収量で大型機械による収獲に適した品種を育種し生産の効率化を図っています。また、日本はアメリカの農家に日本向け豆腐や納豆用などの遺伝子組み換えではない食用大豆を栽培してもらうため、高い経費を支払って、日本向け大豆を栽培してもらっています。アメリカで品種改良され栽培された大豆を我々日本人の多くは豆腐や納豆としておいしく食べています。日本原産だと思っていても、他国で安く大量に生産できるとなると、日本に勝ち目はありません。常にイノベーションを続けなければ世界的な競争には勝てません。
育種の方法には、大きく分けて、突然変異したものを探す、交配する、その他の3つの方法があります。
米を例にすると、1893年、冷害で米がまったく実らない中、山形県庄内町の阿部亀治は、1株だけ3本の穂をつけているのを見つけ、4年かけて栽培選別し、低温や病気に強い米として「亀ノ尾」と名付け、希望者に無料でタネを与えました。それが、現在、栽培されているコシヒカリなど多くの品種の親となっています3)。江戸時代から情熱と鋭い観察眼をもった篤農家と呼ばれる人たちは、地域で尊敬され、全国各地で多くの品種をつくってきました。また、明治以降に複数の早生変異と呼ばれる自然突然変異株を篤農家が見つけたおかげで、北海道でも稲作ができるようになりました。
植物では、突然変異の発生確率は自然な状態だと100万分の1程度と言われており、突然変異株を発見するのは大変なので、最近では、γ線などの放射線をタネに照射して突然変異発生確率を1000分の1程度に上げることで、突然変異株を見つけやすくする方法が取られています。
交配からつくられる新品種は、それぞれの長所をもった品種を交配することで、両親を超える新しい品種を生み出す目的で行われます。研究機関などでは、100種類以上の品種を交配させ、それを選別して、20万株くらい育て、さらに選別して10年から12年繰り返し、最後に残ったものを新品種とします。交配してから新品種になるまで、イネやムギで12年、リンゴで22年、サツマイモでは10年必要だといわれています3)。したがって、交配による育種は、未来を予測し、どのようなものが必要か目標を決めて対応する必要があります。
最近では、それぞれの長所を発現させる複数の遺伝子を特定し、その周辺に目印(DNAマーカー)を見つけ、交配後、その遺伝子が確実に組み込まれているか目印をもとに成熟する前に確認し、選別する方法で育種期間や手間を短縮する方法がとられています。さらに、ほしい長所を発現させる遺伝子を組み込むため、連続戻し交配という手法で、できた交雑種と元の親を交配させ、ほしい遺伝子を親の遺伝子に入れ込み固定させて新品種としますが、この方法でも育種には4~5年は必要になります。
2023年の世界の海藻類生産量は中国が1位で日本は7位となっています5)。既存情報から、コンブ生産量の第1位は中国、2位は北朝鮮、3位が日本と考えられます。中国も北朝鮮も日本のマコンブをもとに品種改良したコンブを生産していると思われますが、北朝鮮の生産量は日本より多く、なおかつ、最近では、Google Mapで確認できるくらい大規模な養殖施設の建設が進んでいるようです6)。
南半球にコンブ類があるかどうかは知りませんが、もともと南半球に生息していないサケマス類を育てるため、チリは、1972 年に北海道から調査用のサクラマス卵を空路輸送し、ふ化放流による移植実験を行うなど、様々な取り組みが続けられ、その後、ノルウェーの企業などが入り、現在、世界第2位のサケマス養殖魚生産国となっています。どこかの国が、将来、コンブ養殖によって大量生産に大成功して日本が輸入国とならないためには、主食米と同様に日本国内需要量を満たすコンブの生産を国内で維持していく必要があります。
全国的にみると、コンブの品種改良は、福島国際研究教育機構(F-REI)の委託事業で重イオンビーム7)による品種改良試験が行われているほか、大学ではゲノム編集、道総研ではDNAマーカーの検討などが始まっていますが、高水温に強い新品種作出という結果が出るまではまだ時間がかかりそうです。

「放射線を利用した育種研究について」より7)

「放射線を利用した育種研究について」より7)
品種改良は研究機関で行われることが多いですが、高温でも繁茂し裾枯れしない、成長が特に良い、実が厚いなど、各地域で見つけた少し異質なコンブを母藻として育て、自分たちで生育させて、さらに交配させて地域に合った優良な品種をつくる篤農家のような地道な取り組みを、他人任せではなく各地区で計画的にやってみる必要があるのではないでしょうか。また、海洋環境の変化だけでなく、社会環境、人口減少、デジタル化等が急速に進んでいるので、漁獲と製造の分離など生産効率化や経費削減、AI活用による格付け、流通や出荷方法の改革や再編などについても将来を見越して検討していく最後のチャンスだと思っています。どのような取り組みであっても、一人ではできません。今できることを一緒に考えていきたいと思います。まずはお気軽にご相談ください。
1) 農林水産省品種登録ホームページ https://www.hinshu2.maff.go.jp/
2) 農林水産省統計局 「作物統計」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00500215&tstat=000001013427&cycle=0&tclass1=000001032288&tclass2=000001034728&tclass3val=0
3) 「今日 誰かに話したくなる野菜・果物学」農学博士小林貞夫著 (株)エクスナレッジ
4) 農林水産省「aff」 2016年6月号 特集1「大豆」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/index_1606.html
5) FAO 2023年統計 世界の海藻類の採集量・生産量 国別ランキング・推移https://www.globalnote.jp/post-7004.html
6) たとえば Google Map 「 39°53’13.0″N 127°47’47.0″E 」 周辺など
7) 原子力委員会 令和7年第2回原子力委員会(R7.1.14) 放射線を利用した育種研究について(理化学研究所 仁科加速器科学研究センター イオン育種研究開発室長 阿部知子氏)資料から
https://www.aec.go.jp/kaigi/teirei/2025/


