株式会社エコニクス 自然環境部
海域担当チーム 顧問 松永 靖
オーストラリアの森林再生プロジェクトは追加性に問題があり、二酸化炭素の削減に寄与していないと発表された研究論文を基に、カーボンオフセットの追加性について考え、現在、国内で認証されているブルーカーボンの今後の注意点を検討しました。
世界で5番目に大きな自然ベースのオフセットプログラムであるオーストラリアの森林再生は、植林はせずに、土地所有者が家畜放牧、伐採、農業など樹木の成長を妨げる活動をやめることで森林を再生し、報酬を得る内容となっています。日本の国土面積より大きい約4200万ヘクタールの地域に180を超えるプロジェクトが展開され、世界の企業から多くのクレジットを受け取っています。しかし、2024年3月、「Nature Communications Earth & Environment」誌に、このプロジェクトは、二酸化炭素の削減にほとんど役立っていないとの研究報告が掲載されました1)。
出典:Communications Earth & Environment volume 5, Article number: 149 (2024) Australian human-induced native forest regeneration carbon offset projects have limited impact on changes in woody vegetation cover and carbon removals
この査読付き論文では、衛星データを使い、プロジェクト実施地域内の森林被覆の変化は、プロジェクト実施地域に隣接する比較対象地域の変化とほぼ連動しており、観察可能な変化は主にプロジェクト活動以外の要因に起因しているとしています。具体的には、被覆の度合いは自然要因である降雨量の影響が強く、かつ、本来プロジェクト実施前には森林被覆率が0%付近になければならないのにプロジェクト実施前にすでに森林被覆率が20%近くあり、プロジェクト実施の15年後には被覆率が100%の森林になるはずがほとんど100%になっていないとし、森林再生はプロジェクトによるものではなく、このカーボンオフセットプロジェクトには追加性はないと論じています。
出典:Communications Earth & Environment volume 5, Article number: 149 (2024) Australian human-induced native forest regeneration carbon offset projects have limited impact on changes in woody vegetation cover and carbon removals
追加性とは、「カーボンクレジットの販売による収益がなければ、排出削減や排出除去が行われなかったプロジェクト」のことです。追加性は、カーボンクレジットの信頼性とオフセットプロジェクトの有効性に不可欠なものです。追加性があるということは、そのカーボンクレジットは信頼できる高品位なものであることを表しています。
カーボンクレジットの創出量とは、ベースラインと呼ばれるプロジェクトを実施しない場合の将来予測基準とプロジェクト実施後の排出または吸収実績の差です。つまり、ベースラインを過大または過少に評価してしまうと過剰にカーボンクレジットを創出してしまいます。
もし企業が排出量の削減努力をしても削減しきれない部分に、追加的でないプロジェクトから創出されたカーボンクレジットを用いて相殺(オフセット)した場合、そのプロジェクト自体が「ベースライン」シナリオで発生したであろう以上の過大なカーボンクレジットでは、企業は気候変動対策がなされていると主張することはできません。追加的でないプロジェクトからカーボンクレジットを購入することは、企業の排出量の増加を容認していることを意味します。いずれ排出が抑制されることがわかっているものに対して、何の努力もなしに排出削減したと主張し、カーボンクレジットの収入を得ることも防がなければなりません。
再生可能エネルギーの太陽光発電プロジェクトを例にすると、化石燃料発電を太陽光発電に置き換えることで削減された温室効果ガスをカーボンクレジットとしますが、太陽光発電施設はコストが高く導入が進まないことがあり、カーボンクレジットの収入による導入促進(インセンティブ付け)によって追加的に温室効果ガスの削減がなされます。しかし、このプロジェクトが、もしカーボンクレジットの販売による収入なしに送電網への売電収入のみによって利益を上げることができていたらどうでしょう。この場合、カーボンクレジットによる収益がなくとも太陽光発電施設がつくられ排出削減されるので、追加性はないとされます。
出典:経済産業省 第6回 カーボンニュートラルの実現に向けたカーボンクレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会(2024年3月15日開催) 経済産業省資料「カーボン・クレジット・レポートを踏まえた政策動向2024年3月」
過去から国際的にカーボンクレジットの質・使い方に対し様々な批判があり、数年前に新たに設立された自主的炭素市場十全性評議会(ICVCM:Integrity Council for the Voluntary Carbon Market)が統一基準を検討していました。追加性などの基準が緩和されるのではないかと多くの人が期待していたのですが、2023年3月にICVCMが策定した自主的炭素市場のための中核炭素原則(CCPs)では、追加性に関し、「緩和活動による温室効果ガス(GHG)排出削減又は吸収は、追加的でなければならない。つまり、それらは、カーボンクレジット収入により創出されるインセンティブがなければ発生しない」と従前の考えと変更がありませんでした2)。
海外の主要なボランタリー団体では、ICVCMの新たな原則に基づき、グリーンウォッシュと批判されないよう、カーボンクレジットの認定基準を強化し、見直しが行われていますが、日本ではまだ動きはありません。また、ICVCMの主要規範では、国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization:ICAO)の国際民間航空のためのカーボンオフセット及び削減スキーム(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation:CORSIA)の技術委員会に、暫定的に、カーボンクレジット認定団体のプログラム認証基準に対する適格性(カーボンクレジットの質)の判断をゆだねています。
日本のJクレジットでは、認証している56種類のカーボンクレジットの方法論について、2022年と2023年にCORSIA適格プログラムとしての認定を申請しましたが、2年とも認定されず再申請が必要となっています。今後、2025年の2月ころまでにJクレジット56種類すべての方法論ではなく、4種類の方法論に絞り込んで再申請するとしています。2023年のCORSIAが公表した認定判断理由には、日本のJクレジットの方法論に対し、「現実的かつ信頼できるベースラインに基づかなければならない。ほとんどの内容で技術的に一致するがすべてではない。手順が保守的な方法で、通常の事業の排出量予測を下回るベースラインを提供する必要がある。」として、日本のJクレジットの方法論の中の、追加性に関係する一部の部分に問題があるので再申請としたとしています3)。今後はJクレジットの認定基準を変えなければCORSIAの適格プログラム認定は難しそうです。
国際民間航空では、2035年までに累積25億トンのカーボンオフセット需要が見込まれていますが、それをオフセットする場合、CORSIAの適格性認定したものでなければ利用できません。しかも、オフセットした国に、利用した分の排出量が加算される仕組みになっています。日本を発着する国内外の航空機の排出削減量は、Jクレジットが現有するカーボンクレジット量より多く、オフセット分が日本の排出量に加算されるので、Jクレジットでは、CORSIAの適格性認定には積極的ではなく、カーボンクレジットの品質を高め、国際的な競争力を得るよりも、低品質なカーボンクレジットの大量生産を目指しているようです。
そのような中、2022年度の我が国の温室効果ガス排出・吸収量の国連報告の中に、ブルーカーボン生態系の一つである海草藻場及び海藻藻場における吸収量を合わせて算定し、世界で初めて、ブルーカーボンによる吸収量は約35万トンと報告しました4)。日本のボランタリークレジットであるJBEは、ブルーカーボンの認証を行っていますが、認証済みのカーボンクレジットがこの35万トンの中に入っているのか、また、35万トンを算定した沿岸藻場からJBEが認証した藻場面積が除かれているのか現状ではわかりません。しかし、世界で初めてブルーカーボンの吸収量を報告したからには、オーストラリアの森林再生プロジェクトのように、追加性がないのではないかと指摘されないよう、自然要因に関係なくプロジェクトによってのみ海草及び海藻量が増加し、永続性があるという科学的根拠を長い年限にわたって、しっかり残していく必要があるようです。
<参考資料>
1) Communications Earth & Environment volume 5, Article number: 149 (2024) Australian human-induced native forest regeneration carbon offset projects have limited impact on changes in woody vegetation cover and carbon removals
https://www.nature.com/articles/s43247-024-01313-x
2) 経済産業省 第6回 カーボンニュートラルの実現に向けたカーボンクレジットの適切な活用のための環境整備に関する検討会(2024年3月15日開催) 経済産業省資料「カーボン・クレジット・レポートを踏まえた政策動向2024年3月」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_credit/006.html
3) ICAO / Environmental Protection / CORSIA / Technical Advisory Body – 2023 assessment TAB Recommendations
https://www.icao.int/environmental-protection/CORSIA/Documents/TAB/TAB2023/TAB%20Recommendations%202023/TAB%20recommenations.en.pdf
J-Credit (see details in section 4.3.11)参照