海の中でイルカたちは音で景色を”見て”いる。
株式会社エコニクス 電力環境部
火力発電所担当チーム 馬場 麻美
経済産業省と国土交通省は2025年7月30日に「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」(以下「再エネ海域利用法」という。)に基づき、洋上風力事業が可能になる「促進区域」に北海道の松前沖と檜山沖を指定すると発表しました。北海道内で促進区域が指定されるのはこれらが初となり、今後洋上風力発電への動きがより加速していくと予想されます。

北海道における促進区域・有望区域等の指定・整理状況(2025年7月30日時点)
弊社では、洋上風力発電に係る海域調査のひとつとして、海棲哺乳類調査を実施しています。
海棲哺乳類とは、その名の通り海を生息域とする哺乳類のことで、主にイルカやクジラなどの鯨類、アザラシやトドなどの鰭脚類、その他ラッコなどを総じて呼びます。
洋上風力発電施設の建設および稼働にあたり、海棲哺乳類の調査が必要とされる理由は、これらの哺乳類は水中で音を頼りに生活をしているため、風車の建設や稼働により発せられる音が彼らに影響を及ぼすといわれています。そのため、建設予定海域を海棲哺乳類たちがどれくらい利用しているのか事前に把握する必要があるのです。
では、海棲哺乳類はどのように音を利用して生活しているのでしょうか。今回はイルカを中心にご紹介していきます。
(経済産業省HPより一部抜粋)
(https://www.meti.go.jp/press/2025/07/20250730001/20250730001.html)1)
イルカやクジラたちはあまり視力がよくないといわれており、シャチの視力は人間の視力に換算すると0.1程度で、私たちがぼんやりとしか見えない状況に近いとされています。さらに水中は陸上と比べて視界も悪くなるため、はっきりとものを見ているわけではないようです。一方で音は空気中よりも水中のほうが5倍速く伝わるため、イルカたちは音を使ってものを”見て”います。
イルカは、頭の上にある噴気孔(人間で言う鼻の穴)の奥のひだを震わせてソナー音(超音波)を発し、頭にあるメロンと呼ばれる脂肪組織で音を増幅させて発射します。そして跳ね返ってきた音を下顎骨で受信して鼓膜に伝えます。こうして海中にある障害物や、魚・イカなどの餌となる生物の位置や形を把握しています。このように超音波でものの位置などを調べる方法は「エコロケーション(反響定位)」と呼ばれます。

イルカのエコロケーションの模式図
(「イルカはなぜ鳴くのか」より引用)2)
イルカが発するこの音にもいくつか種類があります。1つめは「ホイッスル」と呼ばれ、イルカ同士のコミュニケーションに用いられます。名称の通りピュウピュウと笛を吹くような澄んだ連続音が特徴です。2つめは「クリックス」と呼ばれ、きわめて短く、高い周波数で小刻みに発せられます。このクリックスがハクジラのエコロケーションに用いられており、イルカやシャチが連続的に発するとドアが軋むようなギィギィといった音に聞こえます。3つめは「バーストパルス」と呼ばれ、広い周波数帯を含む「パルス音」が層状に発せられたものです。ギャアギャアと叫ぶような声や、ネコが喉を鳴らすような濁った不規則な声にも聞こえます。主に攻撃的な行動を取るときや威嚇する際に発せられるとされています。ホイッスルやクリックスは水族館にいるイルカの水槽近くで耳をすませると聞こえてくることがありますので、水族館に足を運んだ際にはぜひ聞いてみてください。



ハンドウイルカの鳴音(左:ホイッスル、中央:クリックス、右:バーストパルス)
(「クジラ&イルカ生態ビジュアル図鑑」より引用)5)
このように音を巧みに利用するイルカにとって、洋上風力発電施設の建設による音の影響はゼロではないと考えられます。人間と海棲哺乳類が共存していくために、風車建設時の騒音を抑制するエアカーテン(バブルカーテン)の採用や、海棲哺乳類をはじめとした鳥類、魚類などの生息に関する継続的な調査を経た適地選定が重要です。日々の調査を通して、種の保存や生物多様性の維持に貢献できるよう、私たちはこれからも技術の研鑽を日々続けてまいります。

ゆったりと泳ぐ野生のミナミハンドウイルカ(著者撮影)
著者のことを目で見ているのか、音で見ているのか…?
参考文献
1) 経済産業省「再エネ海域利用法に基づく促進区域を指定しました」(https://www.meti.go.jp/press/2025/07/20250730001/20250730001.html)
2) 赤松友成(1996)イルカはなぜ鳴くのか.文一総合出版,207.
3) 赤松友成(2007)イルカのハイパーセンサ.バイオメカニズム学会誌,31(3),134-137
4) くじらの博物館デジタルミュージアム(https://kujira-digital-museum.com/ja/categories/9/articles/)
5) 水口博也(2013)クジラ&イルカ生態ビジュアル図鑑.誠文堂新光社,214-215.
6) 風間健太郎(2012)洋上風力発電が海洋生態系におよぼす影響.保全生態学研究,17,107-122.