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エコニクスからの情報発信
2021.04.01
ECONEWS vol.334

サケマス海面養殖の生産規模について考える

株式会社エコニクス 環境事業部

海域環境チーム 技術顧問 松永 靖

 

 漁業法改正に伴う水産業の成長産業化政策や海洋環境の変化に伴う主要魚種の漁獲低迷などから、北海道の水産業では、栽培漁業の一層の推進が必要となっています。その取組みを進めるため、北海道は「栽培漁業の推進方向」を令和3年2月に策定し、生産増大方策の一つとしてサケマス類等の魚類養殖の定着促進と事業化に向けたステップアップを掲げています。

 道内では、大樹町でサクラマス、根室市でベニザケ、八雲町でニジマスの海面養殖がすでに取り組まれていますが、今後、岩内町では海洋深層水を利用したニジマス養殖、函館市ではキングサーモン養殖といった新たな取組み機運も高まっています。

 

 道内のサケマス海面養殖は、豊富な天然資源によって養殖生産の必要がなかったこと、官依存が強く民間で新たに魚類養殖にチャレンジするような起業家精神旺盛な人材が出なかったこと、過去に日本海側を中心に実施した海面魚類養殖の失敗経験がトラウマとなっていることなどから、ここ数十年間、海面魚類養殖の実施事例がありませんでした。そのため早くから養殖に取り組み継続してきた他県と比べ魚類養殖の技術は遅れをとっているとともに、日々進化している新たな技術革新の享受や利用が少ないといった現状にあります。

 

 他県の最近の動きを見てみると、今年だけでも鳥取県ではギンザケ70万尾、兵庫県では2企業がサクラマスを1万5千尾、広島県ではレモン配合餌のニジマスを1万2千尾、岩手県ではニジマスを7万2千尾出荷などと連日報道されています。このほか、総合商社が千葉県の閉鎖循環式陸上養殖施設でニジマスを養殖し首都圏に初出荷、三重県、静岡県では大規模な閉鎖循環式陸上養殖施設の建設計画が進行中のほか、中国や韓国でも大規模な施設建設計画が進行しているとの報道も見られます。

 注目したいのは、これら報道の出荷規模が全て数万から数百万尾という大規模だということです。これは、サケマス海面養殖の経営構造と大きく関係しているためと考えられます。そこでサケマス養殖の経営構造はどのようなものなのか、また、これから北海道で養殖を始めるには何が必要なのかを他県の資料をもとに考えてみます。

 

 青森県で、今は有名なニジマス養殖生産組合が2011年の全国会議で発表した資料によると、約23トン(推定約1万尾)出荷できるようになった頃から養殖経営が黒字に転換したと発表していますが、残念ながら詳しい経営内容はわかりません。現在、公表されている資料の中で、養殖経営内容がわかるものに、宮城県のギンザケ養殖があります。震災からの再建計画が公表されており、その中に震災前の養殖グループの生産量、生産金額、経費内訳などの経営データが載っています。

 

 震災前の10グループ、56経営体の生産金額に占める種苗代、餌代、魚箱氷代といった変動費の割合は約80%になります。各グループの生産量と種苗代や餌代の関係をプロットすると直線上にきれいに並ぶので、経営体ごとに生残率や給餌量に大きな違いがないと考えられます。

 宮城県のギンザケ養殖は、160~170gの稚魚を購入し11月に海面の生け簀に入れ海面養殖を始め、翌年の4月から8月までの間に約1尾1.3~3.5kgのサイズのものを選別出荷していきます。震災前の1経営体当たりの平均出荷トン数は約200トン、平均単価は447円/㎏です。平均1尾2.4kgで出荷し、経費は種苗代と餌代以外かからないと仮定しても、出荷1尾当たり売上額が1,073円/尾(447×2.4)、そのうち経費(原材料費のみ、人件費、減価償却等含まず)が847円/尾(353×2.4)、差引粗利が226円/尾となります。1経営体平均約83,000尾(11,190÷56×1,000÷2.4)出荷なので、単純計算で1経営体18,750千円の粗利となります。

 これはギンザケの例ですが、ニジマスやサクラマスなどでも、生残率や市販の餌に大きな違いがないので経費や生産額に占める種苗代と餌代の割合は、大きく変わらないと考えられます。

 

 商品単品当たりの利益率が低いため、大量に販売する必要があり、実際の人件費、減価償却などを考えると出荷1尾当たりの本当の利益はさらに少ない商品となります。ただ、確実に需要はあります。

このような商品を売って利益を生み、経営を成り立たせるには、資金を集め大規模化し、コスト削減を図り安価に売り競争に打ち勝つか、原材料を他社よりも優先的に確保し優位に立つか、他社がまねできない商品や技術で差別化を図るかしか方法はありません。

 

これから他県に負けないサケマス養殖経営をしていくには、

 

  • 数十万尾単位の種苗を安価に生産し種苗単価を引き下げること(原料単価引き下げ)
  • コストの大部分を占める餌代を引き下げること(魚粉割合を削減、代替餌等による製造経費の縮減、技術革新)
  • 1尾当たりの出荷重量を大きくして1尾当たりの利益を引き上げること(生産量、歩留まりアップ)
  • ブランド化、スペシャル感を出し販売単価を引き上げること(付加価値、単価アップ)
  • 資材、人件費、減価償却など徹底的なコスト縮減を図ること(自動化・ICT化など労務費コスト、資材費等の大幅縮減) 

 

といった取り組みが必要です。その中でどこに力点をおいて経営していくかという経営方針を最初に決めることが一番重要です。

 

 また、農林水産統計にある北海道日本海の漁船漁業経営体の年間事業所得409万円と同じ粗利をサケマス養殖で稼ぐとすると、どうしても1経営体あたり1万尾以上の出荷尾数が必要になります。他県の事例から見ても、出荷数1万尾以上が、最も低い養殖経営のスタートライン、事業継続のための最初の経営目標だと言えます。

 

弊社では、流況などの海洋観測、海中をリアルタイムで観測するシステム、漁場図作成、魚類、海藻、プランクトンなど水産生物全般の調査など様々なデータを結びつけ整理解析し、顧客の課題を解決している実績があります。魚類養殖を展開する上で、施設設置に必要な基礎データ収集のほか、養殖工程の作業の効率化、経費節減に必要なデータ収集などについてもお手伝いができますので、お気軽にご相談ください。