株式会社エコニクス 電力環境部
火力発電所担当チーム 藤谷 秀明
大人の体から子供の体に若返るという神秘的で夢のような能力を持つ生物をご存知でしょうか。刺胞動物のベニクラゲの仲間は、年を取った個体がもう一度子供の状態に若返るという不思議な能力があります。そんなベニクラゲの仲間について、2020年に新たに判明したことについて紹介します。
ベニクラゲの仲間はその非常に特徴的な若返りが注目されて生活史の研究がなされてきました。ベニクラゲの仲間は図で示したような生活史を持ち、受精卵、プラヌラ幼生、ポリプの後、エフィラ幼生を経ずクラゲの形へと成長します。通常の生物であれば一度成長してから成長前の姿に逆行することは不可能ですが、ベニクラゲの仲間はクラゲの状態で傷つくと、体が溶けだし、溶けた体からポリプが形成され、そこからもう一度成長してクラゲになることができます。
図1 ベニクラゲの仲間の生活史概略図(石川ら(2020)、峯水ら(2015)を参考に作成)
生活史研究の飼育実験で、北日本にいるベニクラゲの仲間は受精卵とプラヌラ幼生を成熟したクラゲが保育するが、南日本にいるベニクラゲの仲間は保育をしないなど、形態が似ているものの地域によって生活史が異なっていることが指摘されていました。生活史に加えて、遺伝子、形態の分析から、分類に関する研究も進み、日本に生息するベニクラゲの仲間は、ベニクラゲ、ニホンベニクラゲ、チチュウカイベニクラゲの3種類であることが明らかになってきました。
さらに、近年、北日本に分布するベニクラゲについて新しく判明したことがありました。北日本のベニクラゲはこれまでニュージーランドなどに分布する「Turritopsis rubra」と同一であるとされてきましたが、形態、生活史、遺伝子に差異が確かめられ、日本周辺の北西太平洋海域固有の種類である「Turritopsis pacifica」が対応することが有力となりました。
北日本に生息するベニクラゲ(T. pacifica)ですが、弊社が種の同定に従事している紋別市オホーツクタワー動物プランクトンモニタリングにおいて出現したことがあります。出現した個体は触手の本数が150本以上であることなどから、触手の本数がより少ないニホンベニクラゲ、チチュウカイベニクラゲ、「Turritopsis rubra」から明瞭に区別でき、ベニクラゲ(T. pacifica)であることを確かめています。
図2 紋別市で出現したベニクラゲTurritopsis pacifica
※写真は紋別市提供(保存液に浸けているため、残念ながら紅色は退色しています)
北日本に生息するベニクラゲについては分類上の位置付けが新たに提唱されたのですが、ベニクラゲの仲間についていまだ解決されていない問題もあります。本州以南に生息するニホンベニクラゲについては正式な学名が提唱されておらず、今後の研究の動向に注目しています。ベニクラゲは水族館でしばしば展示されることもあるようなので、夏休みに美しい紅色のクラゲを見ながら不思議な生態と新発見に思いを馳せてみるのも良いかもしれません。
※本稿で使用しましたベニクラゲの写真は紋別市より掲載の許可をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。