株式会社エコニクス 自然環境部
海域担当チーム 技術顧問 松永 靖
近年、日本の水産分野における研究成果の後退が危惧されています。2021年におけるブルーカーボンをキーワードとする研究論文数を調べると、日本は世界6位となっています1)。
ブルーカーボン各国の論文動向
国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター 調査報告書 「バイオマスをCO2吸収源としたネガティブエミッション技術 2021年3月」より
研究開発力の国際比較では、ブルーカーボン管理は世界9位、大型海藻養殖分野では10位、植林再生林は14位と諸外国と大きな差がついています。この格差は、日本が標準と思って実施していることが世界では必ずしも標準ではなく、時代遅れとなっている可能性を意味しています。2)
現状分析(①TRL、②除去コスト、③除去ポテンシャル、④研究開発力の国際比較)
経済産業省「ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会とりまとめ 2023年6月」より
2050年カーボンニュートラル達成には、大気中のCO2除去(CDR:Carbon Dioxide Removal)が必須であり、国際エネルギー機関などの試算では、ネガティブエミッション技術(NETs:Negative Emission TechnologiesやCDRに資する技術の総称)の活用によって約20~100億トン/年のCO2除去が必要とされています。これを達成するには、産業革命的な大きなイノベーションが必要であり、新たな発想や技術をもった企業と連携して進めざるを得ない実態にあります。
日本のバイオマス(森林等)によるCO2の吸収・固定量は、年間約5000万トンですが、これはエネルギー起源CO2排出量の12億トンに対して僅か5%程度です。カーボンニュートラルを達成するためには、エネルギー起源のCO2低減に加え、自然資本を活用したNETs技術による炭素固定量を増やしていくことが必要であり、日本国内においては、2050年までに年間数億トンのCDRが必須とされています。2)
CO2の循環とNETsの評価
経済産業省「ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会とりまとめ 2023年6月」より
現在、Jクレジットの植林など吸収系のCDR認証量は70万トン-CO2 、ボランタリークレジットであるJBEによるブルーカーボンクレジット(Jブルークレジット)の認証量は0.3万トン-CO2であり、今後必要とされる量の1%にも満たない状況です。
こうした中、国内企業の環境対策をみると、たとえば(株)商船三井では、2030年までNETsを利用した吸収・除去系カーボンクレジットで累計220万トンの削減を達成するとしており、そのほとんどが海外からの調達となっています。3)
全日本空輸(ANA)も2030年には航空機の運航によって排出するCO2の1%、約10万トン/年をNETsの活用にて除去していく計画です。そして、将来的には大気中から回収したCO2を航空燃料の原料として活用することとし、その第一歩として、世界で唯一(2021年時点)大気中のCO2を直接回収する技術(DAC:Direct Air Capture)の商用化を開始しているスイスのスタートアップ企業、クライムワークス社と2022年3月に基本合意書を締結し、高品質かつ永久的なCO2除去技術の導入検討を開始するとしています。4)
全日本空輸「ANAグループ環境目標」より
世界の航空業界では35億トンのCO2削減が必要といわれており、その多くを天ぷら廃液など植物油から生成する燃料(SAF)を航空燃料に混ぜて削減することとしています。
シンガポールは、フィンランドの再生燃料大手のネステ社と手を組み、SAFの製造拡大を進めており、さらにはシンガポールの炭素取引市場「CIX」と協力し、国際的に認知された機関が認証した炭素クレジットと組み合わせて世界の企業相手に売買しています。
日本の航空会社も、シンガポールのSAFを利用しています。現状のブルーカーボンの取り組みの個々の認証量は、東京羽田と千歳空港間のジェット旅客機の燃料にSAFを配合して削減できる1往復分のCO2削減量よりも少ない実態にあります。
元来、日本は加工貿易で発展してきた国であり、製造業による輸出で得た外貨を使って原油を買っていましたが、国内製造業が衰退する中、次に外貨を獲得する成長産業として農林水産業に白羽の矢が立ち、農林水産物の輸出振興策が始まりました。こうした経過から考えると、今後、国内の自然資本を活用したCDRも海外企業に購入されるような取り組みが必要になります。今のJクレジットやJブルークレジットは、国内独自の認証基準で国際的に認知された機関が認証したものではありません。今後海外企業に買ってもらうことを目標とするには、海外基準に合わせる等、臨機応変な対応が必要になると考えられます。2),5)
経済産業省「ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会とりまとめ(概要) 2023年6月」より
諸外国ではNETsの社会実装に向けた動きが加速しています。米国、EU、英国は相次いで今後の取組方針を公表し、CDRがカーボンニュートラル達成には必須であること、そして、NETs市場拡大に向け、実証のための政策支援、削減効果の確認方法確立、導入拡大に向けた支援策等の方針を示しました。
一方、世界の環境保護の潮流はオフセット(相殺)からオンセット(攻めの姿勢)へ、海洋関係では天然資源保護と海洋保護区設定、海中植林、奪われた土地や権利の先住民への返還などが議論の中心となっています。この潮流に合わせ、海藻によるブルーカーボンの国際的な認証もほとんどが養殖による海藻繁茂で検討されています。
世界のボランタリークレジット市場の約7割を占める米国の国際NPO「Verra」による民間認証クレジット(VCS:Verified Carbon Standard)においても海藻養殖によるCDR認証の基準づくりが進められています。海外でのブルーカーボンの取組みは、海藻養殖による大気中から海中へのCO2吸収固定のみならず、海藻を利用した燃料製造、残渣を利用した肥料や飼料製造といった原料確保から製造、利用、廃棄リサイクルまでのライフサイクルアセスメント(LCA)を熟考しています。例えば、アメリカでは自動ブイとGPS付きのリサイクルカーボンファイバで海藻を養殖し、海藻からバイオ燃料をつくるプロジェクト、さらにフランスでは、中国と共同で中国沿岸での大規模海藻養殖とバイオ燃料などの利活用のプロジェクトが進められています。
経済産業省「ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会とりまとめ(概要) 2023年6月」より
日本でNETsによる一定規模のCDRを確保するには、広大な面積が必要であり、そういった意味では北海道が最適地といえるでしょう。アメリカのトウモロコシ農家のように、北海道の海藻によるブルーカーボンについても、世界情勢や価格を見ながら「食用」、「バイオ燃料用」、「肥料や飼料用」、「海外の飼料用」といった出荷先を自由に選択できる程度まで大規模に展開し、世界に通用する戦略で攻めてほしいと思います。
1).国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター 調査報告書 「バイオマスをCO2吸収源としたネガティブエミッション技術 2021年3月」
https://www.jst.go.jp/crds/report/CRDS-FY2021-RR-05.html
2).経済産業省「ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会とりまとめ 2023年6月」
https://www.meti.go.jp/press/2023/06/20230628003/20230628003.html
3).商船三井 「環境ビジョン 2.2~ネットゼロへの確かな歩み~ 2023年4月」
https://www.mol.co.jp/sustainability/environment/vision/
4).全日本空輸「ANAグループ環境目標」
https://www.ana.co.jp/group/csr/environment/goal/#anchor001
5).第30回Jクレジット運営委員会 2023年4月28日 「CORSIA再申請に対応する制度文書および方法論の改定」
https://japancredit.go.jp/steering_committee/data/haihu_230428/1_inkai_shiryo.pdf