ECO TOPICSエコニクスからの情報発信
エコニクスからの情報発信
2022.06.01
ECONEWS vol.348

北海道の養殖魚貝藻類の育種を考える

株式会社エコニクス 自然環境部
海域担当チーム 技術顧問 松永 靖

 世界人口は2021年、78億7500万人であり、今後、1日に約20万人増え続け、2100年には100億人を超えると予想されています。人口増加により食料は将来大幅に不足します。現に、海外からの輸入産品の買い負けが始まっています。
 1960年代に品種改良による穀物大量増産、いわゆる「緑の革命」によって、インドの大飢饉は回避できましたが、現在、農地と陸水の確保が困難な中、しかも気候変動下において更なる増収と環境負荷が小さい持続的な生産(SDGs)を目指していかなければなりません。
 陸地だけでは限界があるので、海洋での養殖による増産、いわゆる「青の革命」が必要とされ、2012年には、世界の養殖生産量が世界の牛肉生産量を抜き、さらに、2014年には養殖魚生産量が天然魚生産量を超えました。
 このような世界情勢の中で、日本ではやっと養殖が注目され始めています。ただ、農業と異なるのは、育種が非常に遅れていることです。育種とは多様な遺伝資源から有用形質を導入して、動植物の新たな品種・系統を開発することです。現在、農家の作物や家畜はすべて育種され品種改良されたものです。単位面積当たりの生産量を上げ、病気に負けずに生産を続けるには育種はどうしても必要です。地域の生育環境に適した品種の栽培も農業では当たり前になっています。
 新たな品種を作り出すには、長い年月が必要となります。農業では、高温、乾燥、冠水、病害虫に強い品種が必要となっており、様々な最新技術を融合させ急ピッチで地球温暖化に伴う環境変動に合った品種の開発が進められています。
 日本の養殖分野の育種は、どうでしょうか。内水面では、金魚が一番有名ですが、サケマス類の選抜育種、雑種強勢、3倍体による品種登録魚が数種ある程度です。海面養殖では、高水温に耐性のある佐賀・熊本・三重県のノリや兵庫のワカメ、3倍体による広島県のカキ以外、目立った品種はありません。2021年9月にゲノム編集食品として肉厚に改良したマダイが、「22世紀鯛」として流通や市販が始まりました。これは、外部遺伝子を組み込まず、筋肉細胞の成長を抑える遺伝子の一部をゲノム編集技術で欠損させ、通常のマダイに比べて平均1.2倍肉厚にさせます。

 

農研機構 バイオステーション https://bio-sta.jp/beginner/method/
 
 この企業では、トラフグに対しても、通常2㎏出荷に、3 ~4年必要な育成期間を、食欲を抑える遺伝子をゲノム編集で欠損させ、1年半で出荷する品種も開発しています。
 
農林技術会議 https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/genom_editting/interview_5.htm
 
 米国では、サケ属で一番巨大になるキングサーモンの成長遺伝子と1年中成長ホルモンを分泌するサケ属ではないゲンゲの遺伝子をアトランティクサーモンの遺伝子に入れ、極めて成長の速い魚がつくられています。最近、中国では、魚の骨の成長を制御する主要遺伝子を欠損することで、骨のない魚を作り出すことに成功しています。近い将来、骨のない巨大な魚が流通する時代になるかもしれません。
 世界の育種技術は想像を超えた速さで進んでおり、農学、水産学だけではなく、生物、物理、化学、医学、薬学などの複合融合科学になっています。育種の最先端手法であるゲノム編集の基礎技術は、2020年のノーベル化学賞、品種改良による緑の革命は、1970年のノーベル平和賞です。
 北海道においても、海面でホタテ、カキ、ウニ、コンブ、最近ではニジマスやサクラマスの養殖が行われていますが、今後、地球温暖化に伴う海水温の上昇が予想されていることから、将来も養殖を続けるには高水温耐性や病気に強い品種の育種が必要になると考えられます。育種には、長い年月と各種の地域別の遺伝特性の把握、遺伝資源の保全のための原種の保存が必要です。地球の地質年代の推定から温暖化は徐々に進むのではなく突然進みます。急に環境ステージが変わり、未知の病原菌により大量へい死が起こった時に、育種のため原種を探しても絶滅しているか、雑種に置き換わっている可能性があります。そうならないためにも、今から遺伝資源を保存し、環境変動に対応した品種の開発研究が必要です。漁業関係者はもっと育種について理解し、将来戦略を持った対応が必要な時期ではないでしょうか。
 
 
 農林水産技術会議 https://www.affrc.maff.go.jp/docs/project/seika/2020/r2_seikashu_06.html
 
(参考)
1. 世界人口動態;国際農研
https://www.jircas.go.jp/ja
2. 水産育種の戦略 平成 25 年 3 月独立行政法人 水産総合研究センター 
https://www.fra.affrc.go.jp/publications/manuals/Strategy_of_breeding_research.pdf?msclkid=d1cb214eca1111ecb40fb2c0ee79125a
3. バイテク情報普及会 ISAAA(国際アグリバイオ事業団):遺伝子組換え作物の最新動向(2022年3月)のご紹介 
https://www.isaaa.org/kc/cropbiotechupdate/files/japanese/japanese-2022-03-01.pdf
4. 海藻の育種 日本藻類学会創立 50 周年記念出版 
http://sourui.org/publications/phycology21/materials/file_list_21_pdf/35Seaweed-breeding.pdf
5. コンブの品種改良 北水試だより 80(2010) 
https://www.hro.or.jp/list/fisheries/marine/att/80-02.pdf?msclkid=f80b19a0ca1211ec86d5e40084537d36 
6. 北海道大学北方生物圏フィールド科学センター忍路臨海実験所札幌研究室 HP
https://www.kelplab.com/?msclkid=be7005daca1311ecbed9cb047dc76f4d
7. 年縞から見えてくる気候変動の「リアル」な姿
https://cigs.canon/event/report/uploads/pdf/20190516_Nakagawa_presentation.pdf?msclkid=2e6f6acdca1511ecaba94b990bd21344
8. 令和4年2月1日 国立研究開発法人 水産研究・教育機構愛媛県農林水産研究所水産研究センタープレスリリース「アコヤガイの大量死の原因病原体を特定」 https://www.fra.affrc.go.jp/pressrelease/pr2021/20220201/index.html