株式会社エコニクス 環境事業部
技術向上担当 武田 康孝
今回、話題にします“サクラ”は、私たちが春にお花見をする植物の桜のことではありません。海の中にいる動物、二枚貝類の サクラガイについてのお話です。
このサクラガイ、漢字ではその名の通り「桜貝」と書きますが、一般に「桜貝」と呼ばれるものには、本家本元「サクラガイ」のほか、ウズザクラ、カバザクラ、ベニガイ、モモノハナガイ、オオモモノハナガイなどニッコウガイ科に属する数種類の貝がいます。いずれも桜色であるピンク色(白色や黄色味掛かったもの、濃淡や縞模様など多様に富みます)をした薄い貝殻を持っています。貝殻が美しいことからアクセサリーなど様々な貝細工に使用されます。
写真 サクラガイ(Nitidotellina hokkaidoensis)(※ホルマリン固定)
サクラガイという貝はあまり大きくならず、殻長(貝殻の横の長さ)が最大でも3cmくらいです。貝殻は薄く半透明で光沢があり、サクラの花びらのように淡桃色から桃赤色のピンク色になります。北海道南西部から九州にかけての沿岸、朝鮮半島沿岸、中国沿岸に広く分布しており、潮間帯※1から水深30m前後までの砂泥底に生息します。
このサクラガイは、貝殻の中にはとても長い水管(呼吸や摂食などのための水交換器官)が収められています。サクラガイを含むニッコウガイ科に属する二枚貝は、砂泥底に潜り込んで、この長い水管を掃除機のように使って海底表面に沈降・堆積したデトリタス(有機物破片)などを取り込み採餌します。見た目はこんなに可愛らしいサクラガイですが、普段の生活、特に食事の際はダイナミックになるようです(ある意味、このサイズでこの水管の長さは不気味さをも感じます)。
図 ニッコウガイ科(左:シラトリガイ類、右:サクラガイ)の摂餌イメージと水管
(左:Reise(2000)より作図、右:鈴木ら(2009))
サクラガイはあまり大きくならないと言いましたが、サクラガイの殻成長について研究された文献(KAWAI et. al.、1993)によれば、北海道の函館湾では理論的に殻長25mm程度までしか生長せず、20mmに達するまでに4~5年もかかることが報告されています。このことから、大きなサクラガイの貝殻を砂浜で見つけたならば、それはかなり貴重なものなのかもしれません。
図 サクラガイの成長曲線(KAWAI et. al.(1993)より作図)
最近、サクラガイは各地で生息量が少なくなっていることが報告されており、環境省のレッドリストにおいて準絶滅危惧種(NT)に指定されています。また、愛知県や三重県などでは各地域版のレッドデータブックにも記載されています。サクラガイ以外の桜貝もその多くは徐々に数が少なくなっている現状があります。サクラガイを含む桜貝自体が、貴重なものとなりつつあると言えるでしょう。
一方、そんなサクラガイの貝殻を「拾うと幸せが訪れる」と言われています。
サクラガイの軽い貝殻は波や風に運ばれて砂浜に辿り着きますが、薄く割れやすいため完全な形で貝殻を見つけることは、本当に稀で幸運なことです。そのことから、長崎県壱岐島では見つけた人にはきっと「幸運が訪れる」として、サクラガイを「幸せの貝殻」と呼んでいるそうです。
また、神奈川県の鎌倉、由比ケ浜にある縁結びで有名な葛原岡(くずはらおか)神社では、鎌倉の浜で採れた桜貝の美しいお守りが人気のようです。
サクラガイの海岸への打ち上げ記録として、札幌の北に位置する浜益海岸が最北とも言われています(鈴木ら、2011)。札幌周辺では、銭函の小樽ドリームビーチでもオフシーズンにビーチコーミングをすると、サクラガイが見つかることがあります。
サクラガイがもっている淡い色合いは、手に取った人の心を惹き付ける魅力があります。ぜひ、海にお出かけの際は、この貴重なサクラガイの貝殻を探し、幸せをつかみとってください。
○水管を伸ばしたサクラガイの写真は、写真の著作権を有する木村昭一氏のご厚意により使用に際する承諾をいただきました。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。
※1 潮間帯:海岸において、大潮の最大満潮時には海面下になるが、最低干潮時には干出するような場所
<参考文献>
Reise, Karsten 著(倉田博 訳)(2000)干潟の実験生態学.生物研究社.
鈴木孝男・木村昭一・木村妙子・森敬介・多留聖典(2013)干潟ベントスフィールド図鑑.日本国際湿地保全連合.
KAWAI, Kei, Seiji GOSHIMA and Shigeru NAKAO(1993)Reproductive Cycle and Shell Growth of the Tellin Nitidotellina nitidula (Dunker) in Hakodate Bay.北海道大學水産學部研究彙報,44(3),105-115.
“「永遠の愛」~壱岐島の白いビーチで「幸せの貝殻」を探して~の巻”.壱岐砂浜図鑑.
< http://ikibeach.com/sakuragai-3194/ >
“きっとすてきな“縁”を運んでくる! 鎌倉の縁結びお守り”.楽しい鎌倉.
< http://tanosii-kamakura.jp/?tdate=2014-12-21-143 >
鈴木明彦・圓谷昂史(2011)北海道浜益海岸へのサクラガイの漂着.漂着物学会誌,第9巻,p29-30.
※Nitidotellina nitidulaはシノニム(異名)とされ、近年、サクラガイはNitidotellina hokkaidoensisで記載されています。