株式会社エコニクス 環境技術部
生活環境担当チーム 白土` 悠
2022年4月に、公共用水域の水質汚濁に係る環境基準及び地下水の水質汚濁に係る環境基準が改正されることになりました。内容は大腸菌群数※1(大腸菌※2)及び六価クロムに係る環境基準の見直しになります。
表 新たな大腸菌の環境基準
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類型 |
利用目的の適応性 |
現行の基準値 |
新たな基準値 |
河川 |
AA |
水道1級 |
50 MNP/100ml以下 |
20 CFU/100ml以下 |
A |
水道2級 |
1,000 MNP/100ml以下 |
300 CFU/100ml以下 |
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B |
水道3級 |
5,000 MNP/100ml以下 |
1,000 CFU/100ml以下 |
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湖沼 |
AA |
水道1級 |
50 MNP/100ml以下 |
20 CFU/100ml |
A |
水道2、3級 |
1,000 MNP/100ml以下 |
300 CFU/100ml以下 |
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海域 |
A |
水産1級 |
1,000 MNP/100ml以下 |
300 CFU/100ml以下 |
MNP:Most Probable Numberのことで、推計学に基づいた手法で推定し、最尤推定値を差します。
CFU:Colony Forming Unitのことで、細菌を培地で培養し、確認されたコロニー(集団)数を差します。
表 新たな六価クロムの環境基準
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現行の基準値 |
新たな基準値 |
六価クロム |
0.05 mg/L以下 |
0.02 mg/L以下 |
大腸菌群数については、水中の病原菌の指標として糞便汚染の有無を確認するために設定されていましたが、水中や土壌にも生息する非糞便性の菌種も検出されることから、指標性としては低いことが指摘されていました。水道基準ではいち早く「大腸菌」を新たに糞便汚染の指標として採用していましたが、安価で迅速な測定技術も確立されたことから、環境基準についても同様に「大腸菌」を指標にするといった改正になります。よって基準値や単位についても変更となっています。
次に六価クロムについてお話ししたいと思います。
クロムは原子番号24の元素で、元素記号をCrで表します。六価クロムとは酸化数が+6のクロム(Cr6+)のことで、三価クロムとは酸化数が+3のクロム(Cr3+)のことです。
六価クロムの基準値は改正によって0.05mg/L以下から0.02mg/L以下となります。これは水道基準が2020年4月に改正されたことを踏まえた改正になります。この改正の根拠は、耐容一日摂取量(人が対象の物質を摂取しても健康に影響がない1日当たりの摂取量)が1.1μg/kg/日に対して、寄与率60%、体重が50kg、1日当たり2Lの水を飲用すると仮定し、0.02mg/Lとしています。寄与率は飲用水以外からも六価クロムを摂取する可能性があるため、飲用水が起因となる割合を60%としています。
六価クロムは主に人間活動によって発生するため、自然界でクロムはほぼ三価として存在しています。食品等に極微量ながらも六価クロムが含まれていますが、もちろんそれは人体に影響を及ぼすレベルのものではありません。
これまでの基準は、1958年のWHOによる健康上の懸念に基づいた最大許容量0.05mg/L以下を採用していました。水道法の基準が逐次改正方式を採用しているため、常に最新の科学的知見を用いて改正を行い、それに倣って環境基準も改正ということです。
クロムは糖の代謝機能に作用するため、血糖値、血圧、コレステロール値を下げる働きに関係することから必須栄養素とされ、三価クロムで成人10μg/日が摂取推奨量となっています。通常の食事をしていると必要量は摂取できるようです。三価クロムでも過剰に摂取すると健康被害が起こり、成人で1000μg/日が最低健康障害発現量(最小毒性量)と考えられ、耐容上限量を500μg/日としています。そのため、サプリメントで摂取することは勧められていません。また、糖の代謝も量的に変化をさせるに過ぎず、必須栄養素とする根拠に疑問もあるようです。
特別に六価のクロムで基準があるのは、三価クロムとは影響が異なることに起因しています。六価クロムを口から摂取してしまった場合、六価クロムは胃液で一部が還元され、三価クロムになります。しかし、それを通過した六価クロムは肝臓、脾臓、腎臓、骨髄等の組織に蓄積します。三価クロムは単離したDNAと高い反応を示しますが、細胞では障害性が低いため、六価クロムの方がDNAに損傷を与えることになります。
今回は六価クロムのお話しをしたため、クロムのイメージが悪くなっているかもしれませんが、クロムはギリシャ語の「chroma」に由来し、鮮やかな色合いをしています。化合物によって赤・青・黄・緑等の色に作用し、ルビー・サファイヤ・エメラルドといった鉱石が発色するために必要な物質で、実は数多くの人々の目を楽しませています。
色鮮やかなニクロム酸カリウム溶液
今回は直近の環境基準の改正についてお話ししましたが、このように知見が最新化されていくことにより基準値の見直しや新たな項目の追加がされていきます。弊社では環境関連の情報については随時把握をしておりますので、疑問等がございましたらお気軽に問い合わせください。
※1:大腸菌及び大腸菌と性質が似ている細菌の総数を指します。
※2:人間や温血動物の腸管内に存在する通性嫌気性菌のことで、赤痢や疫痢、チフス等の病気の感染原因の1つである糞便汚染の指標となっています。
■参考資料
水質汚濁に係る人の健康の保護に関する環境基準等の見直しについて(第1次報告)(案)
平成15年12月 中央環境審議会水環境部会 環境基準健康項目専門委員会
http://www.env.go.jp/info/iken/h160105d/h160105d.html
水質汚濁に係る環境基準の見直しについて
令和3年10月 環境省水・大気環境局水環境課
http://www.env.go.jp/press/110052.html
平成30年度第1回水質基準逐次改正検討会
平成30年11月
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000183130_00001.html
令和元年度第1回水質基準逐次改正検討会
令和元年7月
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000183130_00002.html
六価クロムの新評価値設定の考え方について
https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000525195.pdf
International standards for drinking-water, 1st edition
1958年1月 WORLD HEALTH ORGANIZATION
https://www.who.int/publications/i/item/a91160
水道水質基準についてhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/kijun/index.html
日本人の食事摂取基準https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html
まてりあ (Materia Japan) – 第58巻 第9号 2019年9月https://www.jim.or.jp/journal/m/58/09/index.html