株式会社エコニクス 電力環境部
火力発電所担当チーム 冨倉 圭祐
いつしか北海道の夏も終わりに近づき、少しずつ秋の足音が聞こえてきました。森を歩いていると、チリンチリンと音が聞こえてきます。熊鈴の音です。ここ最近、鈴をつけて歩く人が増えたなぁと感じます。多くの人が住む札幌市周辺でも、ヒグマの姿が見られます。2021年に東区で発生したヒグマ騒動は、住宅地での事件ということもあり衝撃的なものでした。我々は彼らとどう暮らしていくべきでしょうか。
近年、都市部周辺でヒグマの出没が目立つようになり、多くの人が不安を感じています。歴史を振り返ると、ヒグマの数は過去から増加傾向にあります。北海道に開拓使が置かれた明治時代、次々と進む開墾に伴ってヒグマの脅威への対処が求められ、「ヒグマ捕獲奨励事業」が開始されました。昭和41年(1966年)から平成元年(1989年)にかけては春グマ駆除が行われ、ヒグマの個体数は大きく減少しました。それを受けて今度は保護の観点が重視されるようになり、以降ヒグマの個体数は増加していきました(図1)。こうした個体数の増加も一因となり、人とヒグマが必要以上に近づいてしまう場面が増えてきました。
図1:北海道のヒグマ推定生息数(1990年~2020年)
北海道環境生活部自然環境局「ヒグマに注意(ヒグマ対策) ヒグマに関する資料集」より引用
そもそもヒグマは積極的に人を襲う生き物なのでしょうか?実はそんなことはありません。ヒグマは基本的に人から離れようとする性質を持ち、人がいることをこちらが伝えてあげれば彼らの方から距離を取ってくれるものです。熊鈴はそうした意味での有用性から多くの人に利用されています。一方でそのような対策は万能ではなく、風向きや見通しなどの条件によっては思わぬ遭遇の可能性があります。例えば子連れの母グマとの不意な遭遇など、ヒグマが積極的に攻撃してくる状況も想定できます。このような場面において、ヒグマを撃退するための装備を活用することの有効性は様々な場面で主張されています。とはいえ、最も重要なのはヒグマとの遭遇を未然に防ぐことです。畑に監視カメラや電気柵を仕掛けること、登山の際にヒグマの出没情報を確認することはそうした遭遇防止の個人的手段として非常に重要です。しかしながら、このような個人の努力には限界があり、自治体の活躍が求められます。札幌市は様々なヒグマ対策を行っていますが、その核となる考え方について確認してみましょう。
現在、札幌市は「さっぽろヒグマ基本計画2023」を基にしてヒグマ問題に対処しています。この基本計画は「ゾーニング管理」すなわちすみ分けを前提とした管理を核としています。計画では人の領域として市街地ゾーンと市街地周辺ゾーンが、ヒグマの領域として森林ゾーンが設定され、その間に緩衝地帯となる都市近郊林ゾーンが位置しています。それぞれのゾーンにおいて優先されるべき事項が定められ、それに伴いヒグマ対策の具体的な方針が明らかにされています(図2)。このゾーニングによって、札幌の各地域でどのようなヒグマ対策が必要であるかが明確になり、また実際にヒグマが出没した際の円滑な対処が可能となります。札幌市はこうした考え方を基本として、ヒグマを誘引しない特殊なゴミ箱の設置や電気柵普及事業、放棄果樹の伐採等のヒグマ対策を効果的に進めていこうとしています。このようにヒグマ対策の具体的な判断基準を明らかにすることは、人の生活圏の安全性確保へとつながり、人とヒグマの適切な共存に貢献すると期待されています。
図2:さっぽろヒグマ基本計画2023の定める各ゾーン概要
札幌市環境局環境都市推進部環境共生担当課「札幌市のヒグマ対策方針 さっぽろヒグマ基本計画2023(令和5年3月策定)」より引用
自治体主導のもとで人とヒグマそれぞれの領域は厳密に定義され、マクロな対策は着実に進んでいます。一方、ヒグマとの共存において意図せず彼らに接近してしまうことは完全に防げるものではありません。ゾーニングに基づいた各種対策によって状況が改善しても、彼らとの予期せぬ遭遇の可能性は残っています。そのようなリスクに対し最後に結果を分けるのはひとりひとりの安全対策や事前の情報収集といったミクロな対策です。実際に危険を回避するには周辺のヒグマ出没情報を確認し、身を守る適切な装備を整えることが大切です。自治体や地域による大きな対策と自然に向き合うひとりひとりの小さな対策がどちらも欠けることなく積み重なった先にこそ、人と動物の望ましい関係性が見えてくるのではないでしょうか。
冬眠に向けてヒグマが食物を探し回る秋が近づいてきました。これからの季節はヒグマとの思わぬ遭遇が起きやすくなります。彼らとの共存には、周辺の環境を正しく把握し理解すること、ひとりひとりが動物とのかかわりにおいて正しいふるまいを心得ることが大切です。エコニクスは人と自然が調和する豊かな未来を目指し、陸と海の自然を舞台に調査・教育をはじめとした総合的なコンサルティングサービスを提供しています。どのような些細なことでも、お気軽にご相談ください。
<参考>
北海道環境生活部自然環境局「ヒグマ管理の計画・方針等」
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/higuma/higuma.html
北海道環境生活部自然環境局「令和5年12月26日 令和5年度クマ類保護及び管理に関する検討会 北海道のヒグマ対策の現状について」
https://www.env.go.jp/nature/choju/conf/conf_wp/conf04-r05/mat03-1.pdf
北海道環境生活部自然環境局「ヒグマに注意(ヒグマ対策) ヒグマに関する資料集」
https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/higuma/kihon.html
札幌市環境局環境都市推進部環境共生担当課「札幌市のヒグマ対策方針 さっぽろヒグマ基本計画2023(令和5年3月策定)」
https://www.city.sapporo.jp/kurashi/animal/choju/kuma/housin/index.html#kihon_keikaku